嬉しい出来事が2つ

1月22日の事ですが
嬉しい出来事が2つ同時に起こるものなんですね

そのうちの1つは、最初の1歩みたいなもので
まだ形にはなっていません……

あと一つは
私が操船を請け負っている遊覧船が
22日発売のマンガに描かれている事です

しかし昨日22日は東京、横浜では大雪の予報が出ていて
本屋さんに見に行く事ができませんでした

私も前日まで知りませんでしたし
作者さんが船にご乗船された事も気が付きませんでした
ちょうどお花見クルーズを運航していた頃の事なんですね

最近はニュースで紹介されました、とか
雑誌で紹介されました、とか
ブログに書く事はしていなかったのですが
マンガには船長さんとして似顔絵が1枚載っていて
絵になった自分というのが嬉しかったので書いてみました

「ダーリンの東京散歩」
本屋さんで探してみてください

水面上の電柱

独りでぶらぶらっと出かけるのが好きなんです
美味しい空気を吸ったり、風の音を聞いたり
日差しの暖かさを感じたり

このところ毎年、知っている方が亡くなられたりして
いろいろ考える事がありました
人というのは結局この世を去る時は必ず独りなんだと

いつも誰かに良く見られていたい、注目されたい
比較して、どちらかと言ったら自分の方が豊かだと思っていたい
惨めな生き様ですね

そういう人間は息が止まるその瞬間に
何と言ってもらいたいんでしょう?
「よくやった、これまで、あなたは欲しい物全て手に入れた!
でも、この瞬間全てを置いて行ってください……」

誰一人として例外なく死ぬんですよ
生きている時にどんなに豊かだと自分に言い聞かせても
死ぬときは誰もが独りです

同じように土に還る人間、灰になる人間に優劣はありません
何を成し遂げてもただの灰です

 

先週、以前から気になっていた
海岸の水面上に電柱が並ぶ風景を見に出かけました
場所はアクアラインを渡って少し南へ行った江川海岸にあります

この時期ですと潮干狩りの季節ではありませんから
閑散としていて車を停めるスペースも余裕があります
その日、平日のお昼でしたので私以外に2台ほど停まっていました

江川海岸からは海沿いを歩いて久津摩海岸にも行かれます
そこにも同じように海に向かって電柱が立っています
不思議な光景です

ネットなどで検索すると写真など出てくるのですが
風のない日ですと鏡のようになった水面にも電柱が映るようです
少し霧なんてかかったら幻想的でしょうね

密猟の監視小屋に電気を送る為とか
役目も終わったので間もなく撤去されてしまうかも
のように記事には書かれていますが、定かではありません

江川海岸をグーグルマップで航空写真にして見てみると
明らかに海の色が濃くなっているところがあって
恐らくその濃い青色の筋は水深が深いようです

江川海岸から沖へ向かって電柱が並んでいるのは
まさにその水深が深いであろう場所に沿っているので
漁港へ入港する際、電柱が目安になりそうです

なので、そんなに早く撤去されないのでは?と思ったのですが
もし撤去されてしまったら
替わりに夜になると点灯する灯標など建てると良さそうです

……良さそうです……
あくまでも私の希望ではありますが
それはそれで綺麗な夜景になるような気がします
見てみたいです

あまり話されない事

元から都市部に住んでいると
周囲には地方から出てきている人や、その二世が多く
普段の生活の中でも雑多な価値観に囲まれているようにも見えます

ところが実際は上京して生活をする事に
ステータスを感じるように搔き立てられている人がほとんどで
思考や振る舞いが同じような人達ばかりなのが実状です

地元の人間からすると身近に家族や身内
昔からの知り合いがいるので
困った時は特に条件など無くお互いを助け合う事が普通です

外部からこちらへ出てきている多くの人達は
通常は組織に属して、その壁に守られて
肩書を与えられることによって安心感を得て生活しています

ですから「ギブアンドテイク」で
「ビジネスライク」な付き合い方が一般的……
何かをするにも、してもらうにも条件や制限が多いのです
感謝や見返りを当然のように求めます

もし感謝や見返りが求められない状況であれば
事務的というよりむしろ意地の悪い事をされるのが目に見えています

ですからお上りさんとビジネスをするものではないのです

私がよく周囲の人に話す事で
「言われてみればそうだ、なるほど!」と言われる事の中に
「元から都心部にいる人達は比較的良いお客さんが多い」
という事があります

地方からのお客さんでも
こちらに住む気もさらさら無く、ただ観光で来ている人達は
謙虚で落ち着いた人がほとんです

ところが、ここ最近出てきて都心部に居座ろうとする人達はなぜか
本当にどういう訳か、特別扱いされたがる人間が多いのです

それで元から都心部にいる人達がお客さんになるかと言うと……
都会の人はスカイツリーにも東京タワーにも上りません
ですから観光ビジネスとしてサービスを提供する機会は
ほとんどありません

理不尽なクレーマーのような人がいる場合
ちょっと本籍地を調べたりすると「あ、やっぱり」
という事ばかりです

(もう少し具体的に)
どこかの会社のある部署でチャータークルーズの貸切がありました
上司が部下たちを引き連れて船上パーティーなのでしょう

「田舎もん」で場慣れしていないのか
どんちゃん騒ぎをして、飲み食いしたもので汚すし
オマケに他の船に飲んでいる最中のビールの缶を投げ付けたり
そんな事もあります

私も近くで話を聞いていたので
そのお客さん、特に若いのは男も女も
田舎から出てきてこっちで就職した人達と知りました
止めない上司もそうみたいですね

一番質(たち)が悪いのは
知り合ってからも日が浅いのに常連面や
「〇〇の知り合いで……」と特別扱いされたがるお客で
そういった人の生まれも……

ここに書いた事は全ての人に当てはまる
という事ではないのは当然ですが
ちょっとしたタブーの為、あまり話される事がありません

ですから少ない例外に出会うと
とても感謝の気持ちが湧いてくるものです
そうした人達とは親しくなる事も多く、大切にしたいですね

あけましておめでとうございます

素晴らしい1年の始まりですね

これまでは世の中があまりにも不適材不適所すぎて
鬱屈した先の見えない生活を
いつまでも強いられている感覚だったかもしれません

知ったような顔した人間が
「正直者が馬鹿を見る」とほのめかし
表と裏を使い分けて他人を利用する者が勝ち組になる
と刷り込もうとします

そうした「正直者が馬鹿を見る社会」を
体現しようとしているのでしょうか?

「根拠の無い自信を持て!」
その言葉は本物には通用する事はありません

まず・・・こんな不細工な顔した日本人が
着飾って外車を乗り回して気取っても
まるで「ちんどん屋」です

何を勘違いしているんでしょう

結局カッペは煮ても焼いてもカッペで
どんなにおシャレなカフェでタブレットやノートPC広げても
茄子やカボチャ、ジャガイモが
「都会人ごっこ」をしているようにしか見えません
事実は変えられません

不細工やデブやオカマを非難したり存在を否定しているのでなく
正直に言います

不細工である事を誇りますか?
デブやオカマである事を誇るんですか?

諺(ことわざ)にもありますね
「お上りさんは物理的にも高いところに登りたがる」
私も最初は
カッペは高層マンションに住みたがる事を指しているのかなあ
そう思いましたが精神的な事も指しているんですね

劣等感を裏返して
自分のエゴを「個性」だと言って押し付け
優れた人を貶めて優越感に浸る
そうした事ができる人間が勝ち組だと言いたいのでしょうか?

決して誇れない事
むしろ恥ずかしい事を自分のセールスポイントにして
「根拠の無い自信を持て!」と・・・
そうした輩たちがお互いをヨイショしあう
そんな風にしか見えません

「ありのままの自分でいい」ゆとり教育が
極端に走ってしまい、ゆとり社会になっていませんか?

偽物というのは
どうこねくり回しても息絶えるまで偽物です

本物というのは
自分の生まれ、外見、性的嗜好など全て受け入れて
認めて、自分の中に落とし込んで
謙虚に振る舞える人を指します

決して上から物言うような口の利き方や
横柄な面構えや、えげつない言動はしないものです

いつまで勘違いをしているんでしょう?
毎朝、自分の顔をちゃんと鏡で見る事から始めないといけませんよね

これまでは勘違いした人間が
街中でデカい顔して歩いているのを見ていて
居心地の悪さを感じませんでしたか?

今年は本物が活躍し始める最初の年になるような
そんな予感がしています

2017年も良い1年でした

今年は会社としても新しい事を始めてみたり
個人的にも充実した1年で
あっという間に過ぎて行ったように感じます
来年もこのペースを維持していく事になります

小さな1歩に喜びを感じる事は大切ですが
1歩で歩を止めてしまっては意味がありません
その1歩1歩の積み重ねが重要です

周囲を非難したくなる気持ちというのはありますが
非難したからと言って、全く何も変わりません
実際に足を引っ張られるような事がありましたが
不思議とそれが良い方向に転がる事ばかりでした

こうした出来事があまりにも多く
それに関わる沢山の人達に支えられてきたと感じます

悪意を持たず、善意で手を差し伸べる事ができる人達の
より一層の繁栄が形となるような新しい年が
すぐそこまでやってきています

日食

何故か前回の日記も太陽のことで書いていて
しばらく開いてしまいまいしたが
今回も太陽繋がりで日食のことです

つい先日、8月21日はアメリカを横断する皆既日食でしたね
太陽が月にすっぽり隠されてしまうそうで
動画を見ていても辺りが暗くなるのがよく分かります

動画のおばあさんも感動しているようです

日本でも少し前にあったように記憶していて
ネットで検索すると2012年5月21日に金環日食がありました

パソコンの中を探してみると……
なんと、私も写真を撮っていました!

確か携帯電話のカメラに
スキーのゴーグルを被せて撮ったのを覚えています

金環日食は月が太陽を全部覆わないのですが
若干暗くなったのを覚えています
写真のプロパティを見ると午前8時15分でした

こういう現象って気分的に興奮するものです
一生の内に、そう何度も体験できるものではないですからね

太陽の周りに虹

日本橋を出航する小さな遊覧船の船長をしていまして
天気の良い日も、曇りがちの日も船で航走していますから
同じ場所の同じような風景も見るたびに変化をしています

ただ、太陽が表情を変えるという事は滅多にないのですが
先週、隅田川を航行していて見上げると
太陽の周りに虹を見る機会がありました

過去にも数回見た事はあります
目の保護で陽の強さでサングラスになる眼鏡をしてましたが
最初はそれのせいかと思って、外してみても
目の悪い私にも薄っすら見えました

せっかくなのでスマホで写真を撮ってみました

空に少し靄がかかっている感じで
太陽から少し距離をとって虹の輪っかがかかっています
スマホの写真ですと、ちょっと分かりにくいですが
薄く見えますね

厄年の後 その2

この一連の日記の締めになるようなお話しです

今年に入って2月3日
6年ぶりにカナダの親友がやってきました

江の島、観音崎、スカイツリー、高尾山など
時間が空いている時は、いろんな所に出かけました
弟のお墓参りもしました

思い出はお金では買う事はできません

もちろんお金は大切ですよ
何か目的を達成する為の手段にもなりますし
何か仕事をしたならば
その報酬はしっかり頂かなくてはいけませんね

ただ……記憶の中に積み重なっていくような
出会いや体験というのはお金には代えられない
値段の付けようもないほど貴重なものです

3月8日その友人が帰る時に羽田空港まで送りに行きました
ゲートに入る前に食事したりお茶したりしたのですが
こんな話をしました

「人が死ぬ間際で見る風景って世界共通だよね」
臨死体験をした人はお花畑を歩いたり、川を渡ったり
そういう経験をすると聞きます

「でもその川を渡る時の船って小さいでしょ……
あまりモノを持っていかれないよね」
「そうだね、生きている間どんなに稼いでも何かを買っても
お金も何もかにも全部置いていかないといけないね」
こんな話をしていました

何を持っていかれると思いますか?
出会いや体験などの思い出になるもの
自分の心、魂が持っていかれるものだけですね

彼が帰った後もいろいろ考えたりもしました
ここ数年、身近に亡くなる方が多かったですが
私が別に不幸の神様やってた訳じゃないと思います

もうじき人生を終えようとする人が近付いてきて
私はそういう人達が利用する
渡し船の船頭さんみたいなモノだったのかなぁ……
そんな記憶は無いですよ
でも、そういうふうに感じたりもします

もし私がその渡し船の船頭さんなら
「私と出会わなければ良い人」というのは明らかです

人生の中で手に入れてきた、所有してきたと思い込んで
それらを決して手放さないような強情な人でしょうね
所有欲が強い意地汚ない人間ですね
安全に対岸に渡る事無く船が沈没してしまいます

厄年の後 その1

2016年の元旦は初日の出を見に行きました
こちらのブログにも書いています
新しい車でドライブするのは楽しいものです

後で知ったのですが前の軽自動車の
購入時や定期点検などの担当して頂いた方が
12月に病気で既に亡くなっていました

また、新しく車の買い替えの際に
いろいろとオプションを付けたり親切にしてくれた
中古車屋さんの社長さんが、詳しい日にちは知りませんが
春に事故で亡くなったそうです

2016年は身の回りで不幸な事が重なりました

弟の三回忌の辺りで
子供の頃は家族ぐるみ仲良くしていた父の知り合い
それから叔父さんも亡くなりました

また仕事関係の方でも2人、高齢だったこともありますが
春と2016年の暮れに亡くなっています

こうして振り返ると
会社設立にはじまり厄年を跨いで数年ですが
私自身、身近な人を失ったり
言葉では現しにくい気持ちを経験しました

厄年に(後厄)

2015年は、いろいろと変わり目の時期でした

5月に、みづはの船長を辞めました
理由は本当につまらない事です

3月、あるテレビ番組でみづはを使った撮影があり
早朝から撮影が始まる為にビジネスホテル前泊までしたのですが
実際に放送された番組の中では
別の方が船長さんとして紹介されました

自分の中でも辞めるベストなタイミングが来たと感じました
ご夫婦で運航している船としてなら、みづはらしいですが
他の人に操船を任せているのでは、しっくりきませんね

過去の日記を振り返ると分かりますが、この年は
ポートチャビーズとして橋梁調査の仕事を引き受けたりなど
新しい出来事もありました

この年の12月には中古ですが車も買い替えています

2015年で後厄も終わりました
自分の周りで怪我や病気、不幸があったりすると
「厄落とし」なんて言われたりしますが
私の場合ちょっと違うのかもしれません